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東京地方裁判所 昭和62年(合わ)18号 判決

主文

被告人を懲役一二年に処する。

未決勾留日数中六〇日を右の刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都内の中学校を卒業した後、折本関係、通信機器製造関係の会社に勤めるなどして稼働していたものであるが、昭和六〇年二月ころにそれまで交際していた女性と別れ、そのころから寂しさを紛らわすため、いわゆるソープランド等に足繁く通うようになり、その遊興費を捻出するためサラ金業者から借金を重ね、昭和六一年四月ころには、月々の収入の大半をサラ金業者等への返済に充てることを余儀なくされ、それでも借金は嵩む一方で、生活費にも事欠くような状況に陥り、

第一  生活費欲しさから、深夜の一人歩きの女性を襲って金品を強取しようと企て、昭和六一年五月一〇日午前零時三七分ころ、埼玉県富士見市鶴瀬《番地省略》先路上において、予めパンティストッキングに穴を開けて作成した覆面を付け、手袋を着用し、刃体の長さ約一〇センチメートルの果物ナイフ一本を携えて機を窺い、同所を通行中のA子(当時二〇歳)に対し、その背後からいきなり左手を同女の前に回して同女の右肩部を掴んで抱え込んだ上、右手に持った右果物ナイフで同女の頭部及び項頸部を数回突き刺し、更に、路上に仰向に倒れた同女の左側胸部等を右果物ナイフで多数回にわたり突き刺してその反抗を抑圧した上、同女所有の指輪等一六点在中のビニール製袋(時価合計約九〇〇〇円相当)を強取し、その際、右暴行により同女に全治約一九日間を要する項頸部、左側頭部、左上腕及び左側胸部各挫創の傷害を負わせ、

第二  同年一〇月にはサラ金業者からの借金がさらに増大したのに加え、職も失い、ますます金員に窮したことから、再び金品強取を企て、同月九日午前一時二〇分ころ、東京都板橋区前野町《番地省略》先路上において、前同様の覆面を着用し、機を窺い、同所を通行中のB子(当時六四歳)に対し、その背後からいきなり両手で同女の頸部を締め付け、同女を路上に転倒させてその反抗を抑圧した上、同女所有の現金約三万五〇〇〇円及び預金通帳等在中のショルダーバック一個(時価合計約七〇〇〇円相当)を強取し、

第三  同月二一日ころ、同区前野町《番地省略》C方において、同人所有の現金一七万円及び写真誌七冊(時価合計約七〇〇〇円相当)を窃取し、

第四  サラ金業者への返済期日が迫っていたことから、またもや金品強取を企て、同年一一月一四日午前零時三〇分ころ、同区前野町《番地省略》先路上において、前同様に覆面や手袋を着用し、同所付近でコンクリート片を拾って用意し、同所を通行中のD子(当時三一歳)に対し、その背後からいきなり所携の右コンクリート片で同女の頭部を二回殴打してその反抗を抑圧した上、同女所有の現金約一万五〇〇円及び外国人登録証等一二点在中のショルダーバック一個(時価合計約一万二七〇〇円相当)を強取し、その際、右暴行により同女に全治約一〇日間を要する左側頭部挫滅創の傷害を負わせ、

第五  サラ金業者への返済に窮したことから、金品強取を企て、同年一二月四日午前一時三〇分ころ、同区前野町《番地省略》先路上において、前同様に覆面を着用し、同所付近で石塊を拾って用意し、同所を通行中のE子(当時四八歳)に対し、その背後からいきなり所携の右石塊で同女の頭部を一回殴打し、更に、手拳でその顔面を一回殴打してその反抗を抑圧した上、同女所有の現金約八〇〇〇円及び身分証明書一通外三点在中の財布一個(時価約二〇〇〇円相当)を強取し、

第六  所持金がほとんど底をついたことから、金品強取を企て、同月九日午前一時四〇分ころ、同都練馬区田柄《番地省略》所在の甲野コーポラス敷地内において、前同様に覆面や手袋を着用し、同所付近でブロック片を拾って用意し、同所を通行中のF子(当時三七歳)に対し、その背後からいきなり所携の右ブロック片で同女の後頭部を一回殴打してその反抗を抑圧した上、同女所有の現金約一万五〇〇〇円及び財布等在中のセカンドバッグ一個(時価合計約一万六〇〇〇円相当)を強取し、

第七  同月二三日午後二時ころ、同都板橋区前野町《番地省略》G子方において、同女所有のカラーテレビ一台(時価約五万円相当)を窃取し

たものである。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

被告人の判示第一及び第四の各所為はいずれも刑法二四〇条前段に、判示第二、第五及び第六の各所為はいずれも同法二三六条一項に、判示第三及び第七の各所為はいずれも同法二三五条にそれぞれ該当するところ、判示第一及び第四の各罪について各所定刑中いずれも有期懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により刑及び犯情の最も重い判示第一の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一二年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中六〇日を右刑に算入し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は、すでに述べたような経緯から、いわゆるサラ金業者からの借金の返済に追われた被告人が、連続的に窃盗、強盗ないし強盗致傷の犯行を敢行したのであるが、その動機に酌むべきものはなく、特に、金員入手のため、本件のような凶悪な犯行をいとも安易に実行したところに、規範意識の稀薄さ、性格の凶暴さが認められる。その犯行の態様も、各強盗ないし強盗致傷についてみると、犯行の発覚を防ぐため、予め覆面や手袋を準備するなどしたうえで、金員の奪えそうな一人歩きの女性を物色して敢行した極めて計画的なもので、その手段は、石塊等で後頭部をいきなり殴打し、あるいは、手で首を締め付け、又は、ナイフで首や胸を突き刺すなど、急所を狙った危険、かつ、凶悪なもので、特に、判示第一の犯行は、被害者をナイフでいわば滅多突きにし、項頸部、左胸部等に合計一四箇所に及ぶ傷を負わせて出血多量に陥らせ、場合によっては被害者を死に至らせることもありえたもので、幸い被害者の救護が速かったため、一命をとりとめたという、とりわけ悪質な犯行である。しかも、これらの犯行を約半年間の間に連続して累行し、被害者らはもちろんのこと、地域住民に多大の不安を与えるなど、本件各犯行の結果が社会に与えた影響も大きい。加えて、窃盗の点を含めて、何ら落ち度がないにもかかわらず甚大な被害を被った被害者らに対して、慰謝の措置はおろか、被害回復すらもなされていない状況であり、被告人の情状はまことに厳しいものがある。

一方、被告人は、逮捕後素直に各犯行を自供しており、この点で、刑法上の自首にこそ該当しないが、改悛の情の発露として、被告人の現在の反省の態度と相俟って、量刑上被告人のために特に有利に斟酌すべき情状といいうること、(なお、弁護人は、判示第一ないし第六の各事実は、被告人の自首により発覚したものである旨主張する。しかしながら、関係各証拠によれば、判示第二及び第四ないし第六の強盗ないし強盗致傷の各事実についてみると、判示第七の窃盗の事実で被告人を逮捕する前から、捜査官は、既に、以前に被告人が犯した強盗未遂事件の手口等との類似性や、本件の被害状況、犯行現場等に照らし、右一連の強盗事件の犯人が被告人であることの疑いを抱いていたところ、右窃盗事実で逮捕のため、捜査官が被告人方居住に赴いた際、同室内にパンティストッキングで作った覆面があるのを発見したことから、被告人が犯人であることの確信を更に強め、被告人逮捕後の取調で、右一連の強盗事件について追及をした結果、被告人も観念しこれらを遂次自供するに至ったことが認められる。また、判示第一の事実についても、担当捜査官が、前記の事件の捜査中から、他にも同種の余罪があることを予想し、折にふれ「他にも強盗をやっているのではないか。」と追及していたことや、本件が被告人の前の住居地近くの犯行であり、犯行の手口が右一連の強盗事件と類似しており、犯行現場に覆面等を遺留していたことから、捜査が進めば早晩発覚することが十分予想される状況の下で、犯行を自供するに至ったことが認められる。同様に、判示第三の窃盗の事実についての被告人の自供は、余罪の追及を受けていた中での自供であることが認められる。してみると、これらの被告人の自供した犯行の中には、確かに未だ犯人が判明していなかったものや、担当捜査官に知られていなかったものも含まれているが、既に自己の犯罪事実について捜査官の取調を受けていた被告人が、その取調中に、余罪を追及されて、前述のような状況の下で他の犯罪事実を自供したのであるから、自ら進んで犯罪事実を捜査官憲に申告することを意味する刑法四二条一項にいわゆる自首に該当しないというべきである。弁護人の主張は採用することはできない。)その他、被告人は少年時の保護歴はあるが、懲役刑の前科は無いことなどの有利な事実が認められる。

そこで、これらの被告人に、有利、不利な事情、その他被告人の年令、性格、経歴、環境等一切の事情を総合して勘案すると、被告人に有利な情状を十分斟酌しても、被告人の刑事責任の重大性に鑑みれば、主文掲記の程度の量刑はまことにやむを得ないところと思料する。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 新矢悦二 裁判官 松井巖 洞雞敏夫)

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